松下幸之助氏「不況克服の心得十カ条」を
営業パーソンの立場で読み解く

常務取締役 山中宏美

『商人には好況不況はない、何れにしても儲けねばならぬ。』「商売戦術三十カ条」の第三十条

はじめに

私は、1978年に経営コンサルタント業界に入りました。今日に至るまで、様々な業界からお仕事をいただき、私自身の受注件数は2,000社を超えました。不況と言われて久しいですが、私が経営コンサルタント業界の門を叩いてから現在に至るまで、順調な受注環境の時期はバブル景気の頃くらいしかなかったように思います。そう考えると、好況不況に関わらずどんな時代背景でも安定的に受注し続ける力をもつことが、営業パーソンに求められる重要なポイントだと思います。

さて、私が仕事をする上で感銘をうけたものに、松下幸之助氏の「不況克服の心得十カ条」があります。

■不況克服の心得十カ条

  • 第一条 「不況またよし」と考える
  • 第二条 原点に返って、志を堅持する
  • 第三条 再点検して、自らの力を正しくつかむ
  • 第四条 不退転の覚悟で取り組む
  • 第五条 旧来の慣習、慣行、常識を打ち破る
  • 第六条 時には一服して待つ
  • 第七条 人材育成に力を注ぐ
  • 第八条 「責任は我にあり」の自覚を
  • 第九条 打てば響く組織づくりを進める
  • 第十条 日頃からなすべきをなしておく

今回は、この「不況克服の心得十カ条」を、私の営業体験と営業研修インストラクターの立場として読み解いてみたいと思います。

1.「不況またよし」と考える

不況になると、これまで見過ごされてきた問題点が浮き彫りになります。すると、より物事を鋭く観察するようになり、平生では考えられなかったことも考えることができるようになります。ここに営業パーソンとしての大きなビシネスチャンスが発生する訳です。そのようなチャンスを逃さないためにも、不況に直面した時はうろたえず、まずは現状を把握し、自分は何をするべきかを考えてみることです。

2.原点に返って、志を堅持する

好況の時には、個人に営業力がなくても会社の信用力・ブランド力で売れる場合があります。しかし、不況になると営業パーソンの実力格差がはっきり出てきます。
不況下ではお客様の財布の紐は堅くなり、選別の目も厳しくなってきます。今までのように会社の力・商品だけではお客様は満足しなくなり、営業パーソンの個人の人柄やサービスまで見抜いてきます。すると、今まで上手くいっていたことが、なかなか通用しなくなり、煩悶するようになります。
この苦しい状況を乗り越えられる人は、原点に戻り、強い志を堅持する営業パーソンだけだと私は日々実感しております。
皆さんは入社したての頃は、「早く一人前になりたい」「様々な事を吸収したい」などという思いを抱き、がむしゃらに顧客訪問や接客に注力していたのではないでしょうか?そこには、自分なりの行動指針を掲げていたはずです。
しかし、時が経つにつれ、営業成績が振るわなくなったら、不況のせいにし、昔のように努力することを怠り、お客様との接点を作ることを忘れてしまってはいませんか?それではこの苦境を乗り越えることはできません。是非、今すぐにでも自分の原点を振り返り、志を強く堅持してみてください。

3.再点検して、自らの力を正しくつかむ

私の指導先の事例ですが、A君は一通りの商品知識は持っているのですが、成績は一向に上がりません。それはお客様に接する態度に問題があるのですが、A君はまわりからの指摘やアドバイスを素直に聞き入れようとはしません。聞いたふりをして、一時的には行動を変えるのですが、すぐに元のモクアミになります。不況に遭遇したときこそ、正確に自分の力を見極めることが重要で、とらわれず、偏らず、こだわらず、あくまでも素直な心で自分自身を再点検することが重要です。

4.不退転の覚悟で取り組む

この言葉は、「なんとしてもこの困難を突破するのだという強い執念と勇気が思いがけない大きな力を生み出す」という意味です。「誰かがやってくれるだろう」という人頼み、「不況はじっと耐えていれば嵐がやがて過ぎ去る」という考えでは駄目だということです。営業パーソンとして、退くに退けない不退転の決意を持って営業活動にのぞめば、必ずや道は開けるというものです。非常に強い気構えを持って問題に取り組んでほしいものです。

5.旧来の慣習、慣行、常識を打ち破る

「不況期に業績が伸びないのは、好況期であった過去の成功体験に縛られ旧態依然としたやり方にとらわれているからである」と松下幸之助氏は言っています。徹底して今までの営業スタイルを見直し、常にお客様が何を求めているのかを把握し、お客様のニーズにあった内容を提供できるように努めることです。営業パーソンはともすれば自分勝手な得意技に持ち込もうとするものです。しかし、売れないものは売れません。そうした時こそ過去の成功体験にとらわれず、新しい売れる得意技を習得する絶好のチャンスととらえるべきでしょう。私もふり返ってみると、営業パーソンとしての得意技を身に付けたのはいつも不況時でした。

6.時には一服して待つ

売れない時は、どうしてもあせりが出てしまいます。あせりが出ると無茶も無理もします。そうするとお客様との対応も自分本位になりがちです。お客様から嫌われるのはこんな時です。また、自分の体にも無理がたたり下手をすると体調を崩してしまいます。こんな時は「無理をしてもしょうがない」と静観しましょう。「これは一時的な現象なのだから、この機会に日頃手が届かなかったお客様に対するサービスに精を出すべきだ」と松下幸之助氏は言っています。そうすると、また現場の違った新しい情報が入ってきます。そのような経験を私は何度もしたものです。

7.人材育成に力を注ぐ

「ひとたび困難に出会いますと、人は順調なとき以上に知恵も働かせ、努力もすると思うのです。その意味において、不況は人材育成の好機ではないかと思います」と松下幸之助氏は言っています。
営業パーソンについて言えば、今までのやり方を見直し、創意工夫をすることに注力することです。もちろんそのためには、上司や周囲のバックアップが必要です。このような時だからこそ、人が育つ環境づくりが大切になってきます。

8.「責任は我にあり」の自覚を

「業績低下を不況のせいにしていないか。どんな状況でもやり方如何では成功の道がある」と松下幸之助氏は言っています。結果が出ないのは営業パーソンとしての自らのやり方が的を射ていない点にあります。私は飲み屋さんによく行きますが、営業パーソンらしき人たちの話を耳にすると、愚痴だらけです。やれ「お客の状況が悪い」だの「我社の商品には強みがない」だの「販売ツールが古くさい」等々。売れないのは、全部周りのせいにして、結局は何の解決策も見出せてはいません。そうした場は溜まったストレスのはけ口としては、良い機会であるかもしれません。しかし、また明日から同じやり方のくり返しでは結局結果は変わりません。営業パーソンとしての自らのやり方・考え方に足りないところや誤りがあったと思ったならば、素直に認めるべきです。そして改めるべきことを改めることができれば、それなりに困難に対処する道は開け、おのずと結果も出るでしょうし、今後におおいに活きてくるでしょう。

9.打てば響く組織づくりを進める

お客様の情報を一番持っているのは何と言っても、お客様と接触している現場の営業パーソンです。この正確で新鮮な情報を社内で共有し合うことはたいへん重要なことです。そのためには、社員同士の意思が通じあう風通しのよい組織づくりが不可欠です。松下幸之助氏は、「事業の成否というのは、結局その会社の経営力にかかっている。その経営力はその会社の全従業員の衆知が集まってくるかどうかで決まってくる」と言っています。情報共有が進むと、打てば響く組織に仕上がり、結果的に、お客様に対して、より満足いただけるサービスを提供することにもつながります。

10.日頃からなすべきをなしておく

この言葉は、不況時の心構えというよりも好況時の取り組みについて述べています。好況になると、つい浮かれて不況時の苦しかったことを忘れてしまい、さらには、やらなければならない基本的なことまで忘れてしまいがちです。平時の時こそ基本を忘れずに手を抜かずにやっておくべきです。「そなえよ常に」の精神が重要です。

おわりに

経営の神様といわれる松下幸之助氏が何十年も前にまとめたこの「不況克服十カ条」ですが、改めて読むと現在にも通じる深いものを感じます。これは不易のものであり真理なのでしょう。
営業成績が上がらず悩んでいる営業パーソンの皆様に少しでも役に立っていただければ幸いです。
参考図書「松下幸之助不況克服の知恵」PHP総合研究所発行

営業・マーケティング戦略

オピニオン一覧へ戻る

▲このページのトップへ