ホスピタリティについて考える
マーケティング本部 小林直紀
はじめに
近年の日本のサービス産業においては、製造業と比較して「生産性の低さ」が問題とされている。人材産業と呼ばれるサービス産業では、ITによる効率化と併せて人的資源の一層の有効活用による生産性・利益率の向上が緊急の課題だ。そのような中、サービス産業では生産性の向上に逆行するような「手間のかかるサービス」や「付加価値の高いサービス」が求められている。客単価を価格に転嫁できない企業は、体力勝負に負け淘汰されているのである。これは、顧客のライフルタイルの多様化や、高くても本当に良いサービスは支持するが中途半端なサービスは受け入れないという"サービスの二極化"によるものである。また、幅広い顧客に画一的な価値を提供する「サービス」から、あなただけの特別な価値を提供する「ホスピタリティ」へのシフトが起きていることも考えられる。最近よく目にする「感動のサービス」や「期待を越えるサービス」、「おもてなし」等の言葉からもその傾向が伺える。そこで今回は、サービス産業にとって重要なキーワードである「ホスピタリティ」について考えてみたい。
ホスピタリティとは
ホスピタリティとは、一般に「他者を温かく迎える、おもてなしする」という意味で訳されることが多い。そして、もてなす(持て成す)行為は相手を受け入れることであり、引き受けたり迎え入れたりすることからはじまる。ホスピタリティの語源は、ラテン語のhospesであり、hospesの類義語にhostis(異人、敵)がある。これは「余所(よそ)から来た人」、「自分たちと異なる人」という意味があるのだが、このような余所(よそ)者を排他的に扱わず、もてなすことがホスピタリティだと考えられていた。参考までに、日本ホスピタリティ推進協会のホームページに掲載されていた「ホスピタリティ」について紹介する。「生あるもの、特に人間の尊厳と社会的公正をもって、互いに存在意義と価値を理解し、認めあい、信頼し、助け合う相互感謝の精神をいいます。伝統や習慣の違いをのり超えて、時代の科学の進歩とともに新しい生きる喜びの共通意識としての価値を創造するものです。人が日常生活におけるホスピタリティマインドには宇宙(時間と空間の無限の広がり)の自然と思いやりある調和(ハーモナイズ)の実在を第一歩と考えます」。
このように、「ホスピタリティは相手を思いやる相互理解・相互信頼の関係の上に成り立ち、物事を心、気持ちで受け止め、心、気持ちから行動すること」である。
「サービス」と「ホスピタリティ」の違いについて
では、「サービス」と「ホスピタリティ」の違いは何であろうか。一番の違いは、前者がすべての顧客に「一律の価値」を提供することであるのに対し、後者は顧客一人ひとりに合わせた「唯一の価値」を提供することだと考えられる。分かりやすい例として、洋服を買うという場面を考えてみたい。「サービス」を提供する店としては、低価格の商品を大量に販売するチェーン店や量販店が挙げられる。これらの店の特徴は、大量に商品を陳列し、そこから来店客が勝手に商品を選ぶスタイルである。 スタッフは、[商品を並べる、レジを打つ、袋詰めをする、お礼とお辞儀をする]というマニュアルで決められた作業をこなしている。一方、「ホスピタリティ」を提供する店は、他店ではあまり扱っていない高価格の商品を販売するブランド店などが挙げられる。これらの店の特徴は、オリジナル商品が中心でスタッフが顧客一人ひとりに声をかけながらニーズを聞くとともに、顧客の立場に立って何ができるかの提案やアドバイスを行なっている。 つまり、「100人いれば100通りの接客があり」、マニュアルでは対応できない状況に応じた接客が求められているのである。このように、「サービス」はどんな顧客に対しても一律の、最低限度のものを提供することであり、「ホスピタリティ」とは一人ひとりの顧客の状況に応じて、臨機応変に対応することであると言える。近年のサービス産業では、いかに顧客価値を提供し、自社のファンを獲得できるかが"業績の差"につながっているように思える。これからは、ナンバーワンの店づくりではなく、ホスピタリティの実践により個々の顧客にとってのオンリーワンの店づくりを目指すことが求められている。また、他社とは差別化された付加価値を提供することにより客単価の向上を図るとともに、徹底した効率化を追求して一層の生産性向上の取り組みをすることも忘れてはいけない。パブリックスペースでは手間隙をかけた「アナログなサービス」を提供し、バックスペースでは効率化と低コストを追及した「デジタルなサービス」を実践すること。これがサービス産業における"生産性の向上"と"利益率の改善"の解決策となるであろう。
まとめ
これからのサービス産業にとっては、「ホスピタリティ」という言葉は外せないキーワードである。しかし近年は、流行りとして言葉がひとり歩きしているようにも思える。これは、企業の人材育成において内面的なマインドの育成が欠如し、表面的なスキルの教育が重要視されているためではないだろうか。ホスピタリティには、「概念としてのホスピタリティ」と「行為としてのホスピタリティ」がある。いくら丁寧な言葉遣いやお辞儀をマスターしても、心に響かない「行為としてのホスピタリティ」を実践している場合が多い。非常に丁寧な接客で言葉遣いもしっかりしているが、何となく冷たく事務的な印象を受けた経験はないだろうか。相手の存在に気づき、認め、相手への理解や共感があってこそ良好な人間関係がはじまる。まずは他者理解と配慮による「概念としてのホスピタリティ」を理解することで、人を感動させる「行為としてのホスピタリティ」につながるのである。これからのサービス産業においては、やさしさや思いやりを持った人材を育てるために、内面的なマインド教育も必要になってくるであろう。
参考文献
[1]古閑博美 ホスピタリティ概論 『学文社』
[2]力石寛夫 続 ホスピタリティー 『商業会』
[3]宇井洋 帝国ホテル 感動のサービス 『ダイヤモンド社』
[4]塩島賢次 フォーシーズンズが実践するホスピタリティの黄金律 『PHP研究所』
[5]高野登 リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間 『かんき出版』
[6]相澤賢二 サービスの底力! 『PHP研究所』