キャッシュフロー改善の考え方
株式会社MELコンサルティング チーフコンサルタント 佐藤秀幸
キャッシュフロー改善は、資金の流動性を高めるだけではない。会社の収益力・財務体質を強固にする手段であり、また、経営者のマネジメント力が問われる領域である。
注目されるキャッシュフロー改善
100年に一度といわれる金融危機が産業界にも大打撃を与えました。各社が増産から生産調整へと舵を切り返してきたところで、改めてキャッシュフローの重要性が見直されています。
私は、最近まで、製造業の流通網再編支援策の一つとしてキャッシュフロー改善をテーマに取り組んでいました。それは、販売数量を拡大しなくても今まで以上の利益を確保するという経営モデルの構築でした。キーポイントは、過剰在庫圧縮によるキャッシュフローの創出と収益体質の強化でした。
キャッシュフロー改善の基本的な考え方
キャッシュフロー改善の基本的な考え方は、下記のとおりです。
- 第1ステップ
- 現金・預金以外の資産を圧縮する。
- 第2ステップ
- 資産を圧縮すると、その分キャッシュフロー改善が起こる。(現金・預金の増加)
- 第3ステップ
- 増加した現金・預金で有利子負債を返済する。
- 第4ステップ
- 有利子負債を返済することにより金利負担が減少する。
- 第5ステップ
- 金利負担が減少することにより、長期的に利益が増加する。
上記5つのステップを実行すれば、売上高を拡大せずに利益の向上を図ることができます。
キャッシュフロー改善は収益力・財務体質強化に好影響を及ぼす
この手法は、資産の売却損が発生しない限り、収益性指標であるROA(利益/総資産)および財務体質の健全性を示す自己資本比率(自己資本/総資本)を顕著に改善させます。なぜならばこの手法を活用すると分子と分母の双方が改善するからです。キャッシュフロー改善による有利子負債の返済は、分母である総資産および総資本の圧縮にほかなりません。金利負担軽減による利益の創出は、分子である利益の向上です。また、利益の蓄積が大部分を占める自己資本の増加でもあるからです。
資産の売却損が発生した場合でも翌期以降は資産が身軽になり収益力・財務体質強化につながります。最近の思い切った在庫調整による自動車業界の赤字は、急下降した需要に対応するものです。しかし、一方でこの危機に乗じて社内の不良資産を売却し、スリム化した企業も多くあります。そのような企業は、市況が回復してくるころには、従来になかったスピードで業績も回復することでしょう。
キャッシュフロー改善シミュレーション(K社のケース)
K社は、売上高40億円、総資産28億円の耐久消費財メーカーです。
現状は、経常利益40,000千円(経常利益率1%)で何とか黒字を確保している状況です。財務体質は、自己資本が5億円で自己資本比率17.9%と財務体質は脆弱です。過剰な在庫(1,250,000千円)も問題です。この業界の平均在庫月数は1.5ヶ月なのにK社は2倍以上の3.8ヶ月【棚卸資産回転月数=棚卸資産÷月商=1,250,000千円÷(4,000,000千円÷12ヶ月)=3.75ヶ月≒3.8ヶ月】です。
棚卸資産圧縮によるキャッシュフロー改善シミュレーションは、下記のとおりです。
販売することにより過剰在庫を圧縮すればその分キャッシュが創出されます。そのために生産調整を行い、在庫を半分に圧縮したとします。売上高は前期と同じ程度と仮定します。棚卸資産は1,250,000千円から625,000千円に減少します。棚卸資産の圧縮分625,000千円は、キャッシュに生まれ変わりそのキャッシュで借入金を返済します。仮に支払利息を3%とすると、金利負担減少分は625,000千円×3%=18,800千円になります。金利負担減少分は、そのまま直接に経常利益を押し上げます。
その結果、総資産経常利益率は、1.4%から2.7%に1.3ポイント改善します。
【単位:千円】
40,000 ÷ 2,800,000 = 1.4%
↓
(40,000 + 18,000) ÷ (2,800,000 - 625,000) = 2.7%
一方、自己資本比率は、17.9%から5.9ポイント上昇し23.8%になります。
【単位:千円】
500,000 ÷ 2,800,000 = 17.9%
↓
(500,000 + 18,000) ÷ (2,800,000 - 625,000) = 23.8%
キャッシュフロー改善のための資産圧縮方法
- 1.受取債権の圧縮
- 受取債権の圧縮では、不良債権化の防止および受取債権回収日数を短縮することが大事です。そのためのルール・制度づくり、能力開発を行うことが重要です。現金取引奨励策の推進、営業パーソンの交渉力強化、経理・決済システムの情報化・短縮化が改善テーマになります。
- 2.棚卸資産の圧縮
- 棚卸資産の圧縮では、適正在庫水準の見直し、発注ロット数の縮小、仕入・生産数量の縮小が重要です。倉庫に保管する商品の置き方に工夫を加え、在庫1品当たりの保管スペースを広げて在庫圧縮に取り組んでいる企業があります。あるいは倉庫の他目的活用により倉庫スペースを実質的に縮小している企業もあります。さらに、店舗間・工場間の在庫共有により在庫を融通しあう仕組みも効果的です。複数店舗を展開している企業では、不活動在庫を1箇所の店に集め、処分売りキャンペーンで過剰在庫の圧縮に取り組んでいます。
- 3.遊休資産の圧縮
- 遊休資産の圧縮では、設備や不動産を売却することが基本となります。売却価格が簿価よりも低い場合は、損失が発生し一時的に利益を悪化させますがキャッシュフローは改善されます。次年度以降はスリム化された資産を運用してのビジネスなので、総資産に対する収益性は高まります。
また、売却した不動産を利用しつづけることが可能になる不動産証券化(※)による売却もあります。不動産証券化による売却方法は、SPC(特別目的会社)の設立やそれに伴う弁護士費用がかかります。これは、大企業向きの手法であり大型物件に関してでないと有効ではないとされています。
キャッシュフロー改善は、経営者のマネジメント力
キャッシュフロー改善の醍醐味は、売上を伸ばす場合と異なり、マーケット要因に関係なく経営サイドと社員との協調の元に確実に実現できるところです。経営サイドとしては、損益計算書のみならず貸借対照表に関心が向いていないとなかなか実現できません。非生産的な資産の特定、評価から始まりその資産圧縮の方法にいたるまでの問題意識・スキルが必要です。商慣習を打破するような抜本的な在庫圧縮に取り掛かるような場合は、現場社員への説得が鍵になります。「在庫圧縮=機会損失の論理」で抵抗されることも想定し、それらを打破する論理力・説得力も必要です。
本稿の冒頭で触れました製造業の流通網再編プロジェクトでは、在庫圧縮の問題が今までの商慣習を根底から覆す取り組みであると私は見ています。メーカー、卸、小売のグループ会社全体にかかわる問題で、グループ外取引先あるいは同業他社にも大きなインパクトを与えることになるのではないでしょうか。それが、サブプライムローンに端を発した金融危機が引き金になって一気に走り出した感があります。経済危機を意識改革の起点としつつ将来のあるべき姿を論じ、それに向かってぶれないで改革を推し進めています。キャッシュフロー改善は経営者のマネジメント力が問われる領域です。
※不動産証券化とは
不動産証券化とは、不動産を証券にして小口化し、投資家に売ることです。企業は証券化に際してSPC(特定目的会社)を設立して、証券を発行します。SPCがファンドの募集をして、投資家に配当を行います。
不動産証券化のメリットは、売却しても、引き続き実質支配でき、かつ利用し続けることができることです。例えば本社を SPCに売却し、SPCに賃料を支払えば、そのまま使うことができます。また、単純売却は売ってしまえば終わりですが、不動産証券化はインフレになった時に不動産を売却して、売却益を出すことも可能です。
不動産証券化のデメリットは、手続きが面倒で、経費もかかるということです。最低でも1億円、5〜10億円のまとまった物件がないと、SPCを設立するための弁護士費用などがカバーできないということです。
参照:SMBCコンサルティングHP 「遊休不動産の処分方法のメリット、デメリットは?」