戦略経営と次世代リーダーの戦略能力開発
〜次世代リーダーが学ぶ経営戦略講座(1)〜

株式会社MELコンサルティング チーフコンサルタント 佐藤秀幸

最近、弊社では経営ビジョンの再構築に関する案件が多くなりました。リーマンショック後の不透明な経営環境下では、経営ビジョンが描きづらい状況になっています。しかし、経営コンサルティングの現場でよく耳にするのは、次世代リーダー層(30代後半〜40代前半)に、経営戦略の知識が乏しく、経営ビジョンの構築プロジェクトに参画させることができないという現実です。現在の役員・部門長クラスは、経営戦略論が注目されていた1980年後半から1990年前半に経営戦略論を学んでこられた方々です。しかし、今の多くの次世代リーダーは、失われた10年の影響もあり、経営戦略の研修を受講する機会が少なく、泊まりがけで会社の将来について議論を交わすというような経験を持ち合わせていません。
そこで本論では、次世代リーダーのために経営ビジョン・戦略の構築および経営戦略の実行についての基本的な考え方とその実行プロセスを解説していきます。

H.I.アンゾフの戦略経営コンセプト

経営環境はめまぐるしく変化します。環境変化に適応できない会社は、淘汰されます。戦略経営の父、H.I.アンゾフによれば、環境変化に適応するには、経営戦略だけでなく組織能力を環境変化に適応させることが重要であると主張しています。そして、将来の環境変化を見据え、企業の将来のあるべき姿(経営ビジョン)に向かって不断の経営変革を行うことを「戦略経営」と定義し、その実践を推奨しています。H.I.アンゾフは、自社のシステム・組織能力・企業風土を軽視した経営戦略論とは一線を画す意味で、あえて一般的な経営戦略という言葉を使わず「戦略経営」と呼び、下図の『環境-戦略-組織の並列関係』を示し「戦略を実行するために、企業の経営システムや組織能力、企業風土などを環境変化に適合するように常に革新していかなければいけない」と述べています。

【環境-戦略-組織の並列関係】

環境-戦略-組織の並列関係

経営戦略のフレームワークとその形成プロセス

経営戦略とは、将来のあるべき姿(経営ビジョン)と現状とのギャップを埋めるための道筋を主に顧客創造の視点と組織体制の視点から明らかにしたものです。
経営戦略は、一般的には、経営理念の確認に始まり、経営ビジョンの構築、SWOT分析、そして戦略課題の抽出というプロセスを通して、現場からの情報を吸い上げながら形成されます。SWOT分析とは、自社能力評価における強み(Strength)・弱み(Weakness)と将来の経営環境予測における機会(Opportunity)・脅威(Threat)を分析することです。
戦略課題を設定したら、それを数字計画や日常業務を含む中期経営計画に反映させ、年度計画に落とし込み、PDCA(Plan、Do、Check、Action)サイクルで進捗管理を行います。

SWOT分析図

一人の人間が経営戦略を形成するのであれば、上図のようなプロセスを踏まなくても豊富な経験や直感に基づいて効果的な経営戦略を生み出すことは可能でしょう。一人のカリスマ経営者が、ある時期劇的に企業を急成長させた話はダイエーの中内功さんをはじめ、枚挙に暇がありません。しかし、カリスマ経営者が代わっても持続的に会社を成長発展させるためには、企業組織体そのものに組織力としての「戦略形成力」が根付いていることが重要です。したがって、将来幹部育成の観点からも、上図のようなステップで自社の経営戦略を集団で作成する教育の機会を持つことは意義があります。

戦略の実行力

戦略の実行力とは、経営環境変化に適応すべく立案された、「経営戦略とベクトルが合致するように、企業のシステム・組織能力・企業風土を変革していく力」のことです。戦略課題を全社員一丸となって着実に実行していくためには、経営ビジョンの構築から戦略課題の抽出・中期経営計画・年度経営計画作成にいたるまで全社員を巻き込みながら経営戦略の合意を形成していくことが重要です。経営戦略を全社員参画型で形成することにより、組織の慣性や既得権をめぐる組織の抵抗を未然に軽減させることができます。同時に組織能力が開発され、社員のモチベーションアップや行動変容が促進され、戦略の実行力が高まります。
その時にキーパーソンとなるのが日々の業務を通して、経営トップの考えにも触れ、現場の問題解決にも関わっている次世代リーダーです。次世代リーダーとしては、その立場を最大に活用し、経営戦略の形成プロセスにおける主役として経営トップの考えと現場の考えをすり合わせします。次世代リーダーを中心とした「ミドルアップダウン方式」で経営戦略が形成されると、経営戦略に現場の声がより反映されます。現場の参画意識は、戦略実行の動機付けになります。経営戦略が形成される頃には、現場の意識もすでに変わっています。戦略形成に参画した次世代リーダーは、全社経営に対する理解がより深まり、経営トップのよき理解者となります。次世代の役員や部門長としての人材育成にもつながります。

まとめ

戦略経営とは、将来の環境変化を見据え、企業の将来のあるべき姿(経営ビジョン)に向かって不断の経営変革を行うことを言います。戦略経営の実践には、戦略の形成時点から現場を巻き込むミドルアップダウン方式が有効です。そのためには、次世代リーダーの戦略経営についての理解と能力開発がなにより重要になります。

※H.I.アンゾフ
H.I.アンゾフ H.I.アンゾフは、1918年にロシアで生まれ、家族と共に米国に移住、ブラウン大学で応用数学の博士号を取得。ロッキードエアクラフト社の企画担当副社長まで上り詰めた後、カーネギー工科大学等で教授を努めながら経営コンサルタントとしても活躍。2002年、永眠。84歳。
H.I.アンゾフは、戦略経営論の創始者であり、1965年に発刊された「企業戦略論」はマネジメント文献と古典の1つとして現在でも親しまれている。1985年に発刊された「Implanting Strategic management」(戦略経営の実践原理−21世紀企業の経営バイブル1994年発行ダイヤモンド社)では、アンゾフのすべての研究の根底をなす乱気流の問題が詳細に説明されている。また、アンゾフが主張した企業活動における「コア」となる強みの問題は、後にハメルやプラハードによって取り入れられコアコンピタンスとして展開された。

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