人事理念の構築と展開
第3回:人事理念の社内浸透(教育面からの浸透)
常務取締役 山中宏美
はじめに
前回は、「制度面」から人事理念を社内に浸透させていくことについて述べた。今回は、「教育面」から人事理念を社内に浸透させていくことについて述べてみたい。
「理念」を辞書でひいてみると、「何を最高のものとするかについての、その人の根本的な考え方(三省堂新明解国語辞典)」とある。この意味から考えると、従業員への直接的なアプローチである教育はインパクトが強いことは間違いない。
会社が設定した人事理念を、社員が行動してはじめてまわりに認知される訳であるから、仏を彫ったあとの魂を入れる作業であるといえる。
1.人材開発システムとの関連
トータル人事制度において、経営理念・人事理念が最上位にあり、そこからブレークダウンされたところに人材開発システムが位置付けされる。従って、教育面の中心的な存在であるOJT・OFFJTの内容は、人事理念を反映していなければならないし、その具現化のための施策でなくてはならない。ここで、これまでケースとして紹介したS製作所様の人事理念を再掲させていただく。
「私たちは、お客様に満足していただける製品作りができる人の養成と、多能工化されたプロ集団を目指します。そのために、人の和とルール遵守を大切にした前向きで自立した個人の形成をはかります。また、向上しようとする人へのチャンスは公平に提供し、その結果貢献してくれた人には必ず報います。」
この人事理念に基づくと、「お客様が要求する技能レベルの取得訓練」「生産効率を上げるための複数の技能取得訓練」「プロ意識(S製作所様では、自分で問題を発見し、自分で問題を解決し、自分で結果に対する責任を負うのがプロであると定義づけている)の醸成研修」「チームワーク・協調性の理解」「会社の諸規定・マナー・習慣の理解」などが、人材開発システムの中に入っていなければならない。そして、その実践が人事理念の浸透そのものである。特にOJTにおける上司による反復継続の教育が、浸透のための最も重要な位置付けであるといえる。
2.人事理念と能力要素との関係
人事理念の個人への浸透という観点から考えると、能力要素(知識・技術・態度)全般と関係してくる。S製作所様の人事理念であれば、「製品作り」「多能工」は技術であり、「和」と「ルールの遵守」「前向きで自立した個人」は態度である。また、3つの能力要素に入らないものとして、「人間性」であるとか「社会通念における行動の枠」と言うものも追加すべきである。「人間性」という事になると、その人の人生観だとか職業観・社会観まで及んでくるので、理解・納得してもらうには相当な時間を必要とする場合もありえる。理解を深めるには、じっくり話し合って賛同を得ることが重要である。
3.人事理念普及のための教育方法
人事理念普及のための教育方法は、先ほどの3つの能力要素毎に違いがある。「知識面」では、説明書・普及書・テキスト等を用いて、説明会・研修会の開催や書類を配布し理解するように仕向けることである。
「技術面」の習得は、社内における集合教育や外部の講習会に参加させ、要求される技術・技能内容を徹底して習得させることである。同時に、職場においてOJTにより上司が徹底して反復継続してフォローすることが重要である。
「態度面」の教育は、OJTが主体である。S製作所様の人事理念内容であれば「和とルールの遵守」「前向きで自立した個人」が該当するが、一朝一夕に変容するとは思われない。「和」「ルール」「前向き」「自立」の意味を理解しても、行動・実践ができるようになるには相当の意志力が伴い、定着するまでには時間とエネルギーがかかる。その意志をサポートするため、技術面と同じように上司が反復継続してフォロー活動することが必要不可欠である。
4.浸透の評価尺度と確認方法
人事理念の浸透を行っていくには、以下の3点を踏まえる。
- 能力開発課題・テーマの設定
- 実践と進捗確認
- モチベーションの継続
そのためには、課題・テーマ・レベルについて、上司との事前確認と合意が必要である。またそれに基づいて、一ヶ月に一度ないし四半期に一度は、確認・検討が必要である。この確認検討作業の繰り返しが浸透を促進させる上で重要なポイントになる。
5.浸透を阻害する心理的要因
どんな素晴らしい人事理念でも、社内に浸透・展開していく場合、必ずと言っていいほど、何らかの抵抗もしくは無視しようとする動きが出てくる。人事理念をスムーズに浸透・展開するためには、あらかじめこうした動きを知り、対処できるようにしておくことが得策である。
本来、自分の所属する会社が、人事理念などを新たに設定して会社の軌道修正をしていくことは、その会社を構成する従業員一人一人にとっては「善」であるはずである。にもかかわらず、次のような理由で抵抗が起きるといわれている。
- (1)今までの慣れてきたやり方・考え方を変えなくてはならない。
- (2)今までのやり方を否定されているように感じる。
- (3)自分の地位が危うくなる心配がある。
- (4)自分のことは自分で考えたい。人からとやかく言われたくない。
- (5)自分は変化についていけるかどうか心配。
いずれも程度の差こそあれ、放ってはおけない原因である。
そこで、このような原因を解消するには、次のような心理的な手続きが必要になる。
- なぜ人事理念の導入が必要なのか、理由を納得できるように説明する。
- 導入によって自分たちの職場生活がどう変わるのかを説明する。またその人の能力でもついていける事を納得させるとともに、導入を受け入れた方が得策であることを納得させることが必要である。
これらのことを、教育を実践していく中で配慮をしながら進めていかなくてはならない。人事理念の浸透をスムーズかつ円滑に進めるためのポイントは、まさにここにある。教育面からのアプローチの成功・不成功はこの点を抜きにしては語れない。
5.おわりに
人事理念の浸透は、数ある教育テーマの中で理解実践させるには難易度の高い分類に入る。それ故に、従業員全員に行き渡らせる事は容易な事ではない。
お客様・その他の外部の人から見れば、従業員一人一人が企業の顔であり会社そのものである。一人一人の行動で、その企業を判断し評価するのは当然である。従って、日常におけるOJTを中心とした教育面から、絶えず浸透の努力を怠らないようにしなくてはならない。