押さえておきたい経営分析、その3
〜やさしい決算書の読み方(8)〜
株式会社MELコンサルティング 與田和泉
「やさしい決算書の読み方」の内容
『やさしい決算書の読み方』シリーズの前回は、「押さえておきたい経営分析」ということで誰でも簡単に出来る、財務諸表を使った経営分析、「収益性の分析」についてお話ししました。今回は、「損益分岐点売上高」についてお話ししたいと思います。会計の初心者の方にもすぐ使える簡便法について解説します。
損益分岐点とは、収益と費用が同じになる売上高、つまり損益がゼロのときの売上高です。企業を取りまく環境は日々変化しており、事件や事故、天災などで急激に売上が低下したり、上がることがあります。損益分岐点売上高をあらかじめ把握しておくと、どこまで売れば利益が出るのか、現状の売上高のままで利益を確保するにはどれだけ費用を削減すればよいのか、さらに目標利益を確保するための売上高の目安が立つなど、計画づくりの上で非常に有効です。
損益分岐点売上高
損益分岐点売上高を求める公式は次の通りです。
この公式を見ると、「損益分岐点売上高」を計算するのは面倒くさくなってしまいます。固定費とか変動費といわれても、よくわかりません。それでは簡単な事例で考え方をお話しします。
Aさんは、「そば屋」を始めました。こだわりの「そば」で一杯が800円です。この「そば屋」の経営でかかる費用は、そばを一杯作るのに必要な材料費(売上原価)が200円と、社員の給料が30万円とお店の家賃が10万円、その他の経費が毎月5万円かかります。(ここでは、これ以外のことは考慮しません)
そばの材料費は、売上に応じて増えたり減ったりします。1日に100杯のそばが売れれば、200円×100=20,000円となり(売上は、800円×100=80,000円)、1日に20杯しか売れないと200円×20=4,000円(売上は、800円×20=16,000円)となります。このように売上の増減に比例して生ずる費用のことを、「変動費」といいます。
一方、社員の給料は、1ヶ月に1,000杯売れても、500杯しか売れなくても減らすことはできません。また家賃も変わりません。このように売上に関係なく発生する費用のことを「固定費」といいます。
まず、1ヶ月に1,000杯売れた時と500杯しか売れなかった時の収益と費用を確認してみましょう。
【1】1ヶ月に1,000杯売れた場合。(25日営業として、1日に40杯)
売上は、800円×1,000=800,000円です。
材料費は、200円×1,000=200,000円です。
材料費は、売上原価です。
従って、この場合の売上総利益は、800,000円−200,000円=600,000円です。
ここから、固定費の費用をまかなうことになります。Aさんのお店は、人件費、家賃、その他の経費で30万円+10万円+5万円=45万円でした。
600,000円から、450,000円の費用を支払うと、600,000円−450,000円=150,000円の利益がでます。
【2】1ヶ月に500杯売れた場合。(25日営業として、1日に20杯)
売上は、800円×500=400,000円です。
材料費は、200円×500=100,000円です。
売上総利益は、400,000円−100,000円=300,000円です。
Aさんのお店は、固定費は45万円でした。固定費は売上が多くても、少なくても金額は変わりません。
300,000円から、450,000円の費用を支払うと、300,000円−450,000円=▲150,000円となり、月次の損益は15万円の赤字となります。
毎月【1】のように1,000杯売れると利益が出て、【2】のように500杯しか売れないと赤字になります。それでは、Aさんのお店の損益分岐点売上高は、一体どれ位の売上高なのでしょうか?
公式で確認してみましょう。
【1】の場合は、
【2】の場合は、
損益分岐点売上高は60万円です。それでは、売上が60万円のときの損益を確認してみましょう。
売上は、60万円。そばの売上は、600,000円÷800円=750杯です。
材料費は、200円×750=150,000円です。
売上総利益は、600,000円−150,000円=450,000円です。
Aさんのお店の固定費は45万円ですから、45万円−45万円=0となり、収益(60万円)と費用(変動費+固定費=60万円)は同じになりました。つまり、Aさんの店は、損益分岐点売上高は60万円と確認できました。
売上が60万円を超えれば、利益が出て、売上が60万円を下回ると赤字になります。
損益分岐点売上高計算の仕組み
いま確認した【1】のケースと【2】のケースを図にしてみましょう。
【1】の図では、売上から変動費(売上原価)を引いた売上総利益で固定費をまかなうことができており、利益が15万円出ています。
【2】の図では、売上から変動費(売上原価)を引いた売上総利益で固定費をまかないきれず、15万円の赤字になっています。
損益分岐点売上高は、売上から変動費(売上原価)を引いた売上総利益の金額と固定費の金額が同じ時の売上高ということがわかります。
損益分岐点売上高は、固定費を1−(変動費÷売上高)で割って求めますが、(変動費÷売上高)は、変動費率です。この「そば屋」の場合、売上に占める材料費の比率を計算しており、原価率となります。この原価率を1から引くと、売上総利益率となります。通常「粗利益率」といわれるものです。
つまり、
という公式は、
という簡便な式に置き換えることができます。固定費を粗利益率で割ると損益分岐点売上高を簡便的に求めることができます。
損益分岐点売上高(簡便法)の活用方法
粗利益率と固定費の金額が分かっていると、損益分岐点売上高の簡便法を使って色々なシミュレーションを行うことができます。
Aさんの「そば屋」のケースで考えてみます。【1】のケースは利益が出ていました。売上高は80万円で、粗利益金額(60万円)で固定費(45万円)をまかなった残りが利益(15万円)でした。
簡便法の分子は固定費ですが、この分子を固定費+利益にして、粗利益率で割ると利益を確保する必要な売上高を求めることができます。Aさんの「そば屋」の粗利益率は、75%(0.75)です。
固定費+利益を粗利益率で割ると、その時の必要売上高になります。
それでは、利益を15万円の2倍の30万円ほど確保したいと思ったときの売上はどうなるでしょうか?
それでは確認して見ましょう。
売上が100万円ですから、そばの売上は、1,000,000÷800=1,250杯です。
材料費は、1,250×200円=250,000円です。
売上総利益は、1,000,000円−250,000円=750,000円です。
Aさんのお店の固定費は45万円ですから、75万円−45万円=30万円となり、利益が30万円になることが確認できました。このケースでは利益を2倍にする売上高は、1.25倍です。さきほどの図で確認して見ましょう。
これは計算上の話しですから、実際にこだわりの「そば」が評判となり、来店するお客様が増えたら対応のために社員を増やすことも検討しなければならないでしょうね。その時は、固定費(人件費)が増えます。人件費が15万円増えた時(+利益は30万円)の必要売上高は、いくらでしょうか?(120万円です。電卓で確認してみてください)
【2】のケースでは、15万円の赤字が出ていました。売上が40万円で変わらない時は、どうにかして固定費の45万円を30万円まで引き下げなければなりません。このような場合、どの企業も必死になってコストダウンに取組みます。人員の削減、経費の削減などです。なかなか、大変なことです。
また【2】のケースでは、コストダウンの他には売上を増やして、収支を改善する方法もあります。現在の売上は40万円ですから、何とか60万円まで引き上げることができれば、赤字は解消します。損益がトントンとなり、赤字もでないが、利益も出ない状態です。
場合によっては、1杯800円の価格を、600円に値下げして来店客を増やすことも考えられます。この場合材料費の金額は変わりませんが粗利益率が、75%から66.7%に下がります(400円÷600円=0.667)。固定費が45万円で変わらない時の損益分岐点売上高は、
となります。
売上が675,000円です。そばの売上は675,000÷600=1,125杯
材料費は、200円×1,125=225,000円です。
売上総利益は、675,000円−225,000円=450,000円です。
Aさんのお店の固定費は45万円ですから、45万円−45万円=0となり、収益(67.5万円)と費用(変動費+固定費=67.5万円)は同じになりました。1杯の値段を800円から600円に下げた時のAさんの店は、損益分岐点売上高が67.5万円になることが確認できました。ただしそばの売上は、単価が下がっていますので、750杯から1,125杯に増やさなければなりません。
損益分岐点売上高の簡便法を知っているといろいろと応用することが出来ます。固定費と粗利益率が分かれば、損益分岐点売上高を計算できますし、その応用として目標利益を達成する売上高も確認できます。是非一度、ご自分の会社の損益分岐点売上高がいくらか?計算してみてください。
2010年の10月から、「やさしい決算書の読み方」シリーズとしてお届けしてきましたこのシリーズは、一応今回で終了です。決算書の読み方がよくわからない、会計について勉強を始めたいといった初心者の方を対象に8回にわたって、「決算書のしくみや構造」「会計のあれこれ」「押さえておきたい経営分析」をテーマにお話ししました。少しでも、皆様のお役にたてば、幸いです。毎回、お読み頂いた方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。